あれから5回目のオリッピック。

スポーツ観戦は元々好きな方で、ウィンタースポーツはしないですが、観るのはおもしろいですね。

上村愛子が高校生でモーグルをしていたのを見て、里谷たえが金メダルを取った長野五輪で初めてモーグルって知りました。
あれから16年経って、上村愛子が34歳で5回目のオリンピックに出ているなんて。
すごい人だなーと思います。

そのとき、ちょうど入院していたんですよ。

それでベットにテレビをつけることもできたけど、手術するまでは動けたし、テレビばっかり見ているのもいやだなーと思って、テレビは要りませんと言いました。

でもオリンピックが見たかったので、談話室みたいなところに通っていたんです。

そしたら同じようにテレビを持たないおじさんがいて、忘れもしないパジャマの柄がスラムダンクの漫画なんですよ。それで緑色のパジャマ。桜木花道とか、ゴリとかが大きな水玉みたいに描かれている、なんでそんなパジャマ着ているのかわからんけど、とりあえず、「スラムダンクのおっちゃん」って呼んでました。(本人のいないところで)

そのおっちゃんと「がんばれ!がんばれ!」ってずっと応援してました。
時差がなくて良かったです。病院は夜中は消灯されてしまって出歩けませんから。

その時はまだ若かったですが小児科ではないので、周りはお年寄りとか中高年がほとんど。

病院ってのは不思議な空気があるところで、1日でも早く入院した人はちょっと先輩というか、ベテランというか。長いというのは、それだけ大変な思いをしているということで、偉いというか…偉い人は窓際のベットにいて。

変な関係でした。外で何している人とか関係ない。

6人部屋で、窓際のおばあちゃんはずっとテレビが付きっぱなしで、術後で寝たきり、トイレも行けない。だから介護が大変そうでした。周囲がご飯の時間でも関係なくおばあちゃんは出すもんは出すのです。それが便秘で大変そうで…大騒ぎなんです。

頭が金髪のおばさんが私の後から入院してきたんですが、その人はやたら元気で。心臓外科病棟で、結構具合悪い人が入院しているわけで、部屋ではちょっと静かな声で喋るし、手術後の人はしんどいし、気分が下がっている人が多い中にあって、彼女はずっとしゃべりまくしたてる。

なんだこの人?と思っていたら、その人は、息子に移植手術をするらしく(肝臓かなにかを一つ分けるということで)その時点では病気ではないので、根っから明るい人だったんでしょうね。
手術後のために肺活量を鍛える訓練みたいものをさせられるんですが、毎日やたら頑張っていました。

私は元々、そんな人の輪に入っていくタイプではないので、だいたい1日中カーテンを閉めて、絵を描いたり、本を読んだりして、写真撮ったりして、周りの会話を盗み聞きしていることもあり、淀んだ空気の中で、時間になったら運ばれて来る食事を眺めてたり、毎朝ついてくるゆで卵に顔の落書きをして1週間分まとめてならべて返却したりしていました。

手術に備えて、毎日、自分の血を抜いて、溜めなければいけませんでした。
肺活量を鍛える練習もしないといけないのに、やる気が全く起きませんでした。
このことは後からかなり後悔することになるのです。あの金髪のおばちゃんは偉いなーと思うのでした。

色んな検査もあって、大学病院なので、若い先生が順番に「次貴方これやってみなさい」って感じで胃から心臓を見るとかいうちょっとでかいアメリカ製のカメラを飲み込まされて、「オエオエ」なって泣いているのに「次は私もっ…」て感じでみんなが並んで待っていました。

教授のような人が、若い研修の医師を連れて巡回する曜日があって、みんながぞろぞろくっ付いてくるんですが、20歳くらいだった私は服を脱がされて聴診器をあてられるわけです。それを大勢の人が取り囲んで見ている。「この人はこういう症状なのに、心雑音がない」とかいつも同じこと言われて、「どれ、じゃ私たちも聞いてみよう」とまた人が並ぶ。

みたいな毎日でした。
最初は辛かったですね。見せ物みたいで。

同じ病室のおばあちゃんとかはそんなときも「ありがとうございます…」って神様に手を合わせる勢いでぺこぺこしていました。

私はできるだけ、寝たフリをしてやりすごそうとしていましたが、教授の巡回の日は看護士さんが朝からすごい勢いで起こしに来て、何回も「起きてください!!!」と言われます。

で、大学病院で手術するってことはそういうことなんだなーって腹をくくったわけです。

 

そんな中にあってオリンピックは一つの風だったように思います。
毎日、スラムダンクのおっちゃんと応援して「明日は○○で○時やなー」と言っては自室に帰って行きました。
朝になると、6人部屋に人が溢れていて、ストレッチャーが運ばれて来て、誰かのベットに横付けされている。
すると「あ、この人、今日から手術なんだなー」って感じて、暫くその人のベットが空になるわけです。

そんな順番が私にも回ってくるんだなーって思いながら、毎日毎日オリンピック見ていました。
そしてそんな朝がやってきて、家族が来て、麻酔医が来て、ストレッチャーが来て、運ばれていくんですが、その後とんでもない経験をすることになるんですね。そのことはまた機会があれば書きます。
今回のオリンピックでは、次女と私が順番に具合悪くなったりして、ちょっとそのことを思い出しました。

ほんと、病院って不思議なところで、元気で外にいるとあの空気のことなんて忘れてしまいます。シャバの空気は旨いというか…
中に居る人にしか分からない感覚なんでしょうね。
関係ない人が入れる場所ではないし。

病院で仕事している人はほんとに立派だと思います。
生かすために働いていて、生きるためにみんな入院しているんですよね。

 

私、今、写真をしていて、この写真をもっと意味のあるものにできないか。もっと意義のあることに使えないか。
もっともっと意味のある写真があるんじゃないかってずっと考えているんです。

去年、コマカフェさんご一家を撮影させてもらったときから、見いだせた意義みたいなもの、写真のチカラを形としてやっていきたいって気持ちがずっとあるんです。

簡単なことではないし、ほんとに意義のあることなのか、もっともっと追求しないとダメなんですが。
今ちょうどそのことを考えているんですよね…

 

写真は先日初めてキッザニア甲子園に連れて行ってもらいました。そのときの出番待ちの長女。

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なんだか、「とにかくお金が欲しいねん!」とか言ってます。
お金を手にするって恐ろしいことで、つるのおんがえしの話を思い出しました。

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