選ばれる写真。

自分の撮った写真というのは、何年か前のものでも、

「あ、これ私が撮った写真だ!」とわかるものです。

印刷物になって、私以外の人が撮った写真と混ざっていても

「あ、これ、私の写真だ!」ってわかります。

『今時、デジタルカメラで撮る人は多く、携帯でも撮れる。

普通の人でもちょっとアプリを使えば、わからないくらいに加工できる。

プロと素人は限りなくボーダーレスだ。』

というお話を先日、聞く機会がありました。

確かに、デジタルカメラが普及して、フィルムの時代より、身近になりました。

自分で撮りたい!という方も多いと思いますし、
撮ることの喜び楽しさ面白さを、たくさんの方に伝えています。

写真ソフトも、ある程度の機能があれば、そこそこ救えます。
でもそれは救っているにすぎないと思います。

そこからよくするため、というより、救うために使っている。

加工をして、良くしようという意思で撮っているのか?

撮ってみたけどイマイチだから、加工をしてごまかそうと思っているのか?

この差だと思います。

アプリで加工するかどうかも置いといても

出来上がりを想定して撮っているか?

伝えたい意図を絞り込んで撮っているか?

写っているのは当たり前で、そこに付加価値はあるか?

環境に関わらず、結果を出せるか?

自分の好きなものだけは上手く撮れるけど、知らないものは撮れない。

ここに境界線があるんだろうな〜と思います。

写真がいいと、デザインはし易い。
私が撮った写真で「デザイナーさんが喜んでいたよ」という話を先日聞いて嬉しく思いました。

アプリでごまかせばいい、
デザインでごまかせばいい、というもんでもないな〜と思うのです。

デザインでもっと良くしようとというもんだと思うのです。

本物を作っている人なら、そこもこだわって欲しいな〜と思います。

予算とか、期日とかあると思いますけど、
それは自分の商品やサービスに対する、こだわりと比例すると思いました。

選ばれるカメラマンになるために、もっともっと腕を磨こうと思います。

写真は関係ないですが、ちょうど1年前の瀬戸内海が綺麗すぎて撮ったもの。

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