頭の中。

アザトさって写真に出てしまうもんですね。

撮影において、どこまで感じているか?何を感じているか?がとっても大切で、
何も感じてないのにとにかく撮っても上手くいかないな~ってつくづく思います。

ママが子どもの撮影をする時、やはり我が子だけに思い入れがあるから、だからいい写真が撮れると思います。
Photomamaで皆さんの作品を見せていただくと強く思います。

構図とか、タイミングとか、ピントの撮り方とか、そりゃいろいろ技術はあるけど、そういう上辺のことだけでなく、素直にビシビシ感じたからシャッターを切る。

相手が人でも物でも「そうだよね!ここだよね!」って気持ちで撮った写真は後から見てもわかる。

そんな気持ちが他人に伝わるから、だから感動もしてもらえるんだ。

しかし、気持ちが入っていればいるほど、合わない人もでてくる。
これはいいとは思わないという、価値観が違う人がいる。
もっと言えば嫌悪感を抱くひともいるかも知れない。

感じるポイントが違う人はいるしね。

より多くの人に伝わる写真なり、作品を作るということはほんとに難しいことで、
力量がないあまりに万人に受け入れられやすいようにと安易な法則でもってやっつけると、出てくるものは薄っぺらくなる。

そういう写真はやっぱり気分が悪い。

だから私はもっと知りたいし深みが欲しい。

自分がしたいことと、他人が望むこと。

そこんとこを折り合いつけて、仕事にする難しさよ….

このことは私が写真を仕事にしたいと言った19の時、父に最初に言われたことでありました。

ということを、ずっと考えている9月。

 

私が撮った写真で、喜んでもらいたい。自己満足だけでなく。

写っている本人だけでなく、関係ない人にまで届くような。

そう、関係ない人まで揺らぐ写真を、撮りたいしそれが撮れたら楽しいからな。

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