1日ずれちゃったけど。。。

震災から半年でもありましたが、同時に
NYのテロからもう10年なんですね。
私が初めて訪れた外国の都市ははNYなんです。
21歳だったと思います。4月でした。
初めて行った海外の都市ってその人にとって特別ですよね。
私は初の海外旅行だったのに、行きは父親と二人で、
帰りは独りでした。
こんな事を書くと、お父さんは海外と日本を行ったり来たり?
どんな仕事?って思われるかもしれませんが、
まったくそんな事はなく。。。英語も特に喋れず。。。
滅多にあることじゃないから一緒に行っとく?って感じでした。
父は仕事だったので、
ずっと一緒だったわけではないし、
一人でカメラ持ってぶらぶらしてまして。
地下鉄はあんまり乗らずに、とにかく歩き回ってました。
どこに行ってもそうなんですが、地下鉄やトラムに乗ってしまうと
写真撮るのに止まれないので、ただただ歩き続けます。
せっかく来たので、NYのスラム街ってのも撮りに行きたいと思い
これ以上先のストリートには危ないから行ってはいけない!
と現地在住の人から聞かされていましたが
やっぱり行こうと思いました。
そしたら、その日は父も行くって言ってくれて
スーツだと危ないってので、なんだかへんてこな格好に
足下は革靴っていうおかしな父親と破れた服を着た私でした。
宿泊したのは5番街にほど近い中心街で
スラム街と言われる地域とは匂いも雰囲気も全く異なり
通過するだけで大声を上げられたり
ゴミ箱から足が出ていたり、
歩くだけでも緊張して、父と無言で歩き続けました。
写真を撮るときはかなり勇気がいりました。
なるほど、NYの表と裏がここにはっきりあるんだなーと
表の自由の女神やエンパイヤ、
ウォール街やブロ−ドウェイだけ見て、
NYよかったわと家に帰るわけにはいかないなと、
21歳の私は思いました。
初めての海外で英語もろくに喋れないのに、
今思うと度胸ありますね。
そんなわけでWTCにも行ってみたんです。
しかしそのときは特に思い入れはなかったですがね。
そしてあの飛行機が突っ込んで行く映像を見たのは
それから3年半後。
外で携帯電話で喋ってたんですが、その相手に
すぐ家に帰ってテレビを見ろと言われて
2機目が突入するとこは釘付けで見たんです。
そして10年が経って、ビン・ラーディンが殺害されたという
ニュースがありました。
報復の報復は終わりがないですよ。
NYは報復をますます警戒する都市になるばかりかと
思うと寂しいですね。
うちの保育園児は、ちゃんとごめんなさいが言えるし、
言われたらちゃんと許してあげる、ってことができます。
これ小さいときから、しっかり教わっていないと、
大人になると変な考えや、事象が大きくなってるから
余計に難しくなる。
突然できるわけないなと思います。
許すってほんとに難しいこと。
でも親が身をもって示さないと
難しい事だけに真剣に向き合わないと、
きれいごとだけでは伝わるはずがないんです。
でも殺し合いに殺し合いで対応している当事者の子どもたちは
どうなって行くんだろう?
いつかその国の子どもも大きくなって、
私たちの子どもはその子たちと渡り合っていく
(かはわからないけど)
暴力に支配され、恨みをもって大きくなってしまった子どもたちと
同じ時代を生きて行かねばならないのだな。。。
私と私の子どもたちが、自分の意見をしっかり持って
相手に伝える力を持っていないと、
のほほんと過ごしていたんではとても通用しない。
複雑で暴力に支配された社会にも、
理路整然と立ち向かって行ける人間にする礎が今なんだと思うと
私も、子育ても、もっともっと勉強しなくてはと思います。

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