親の自覚、大人の自覚。
虐待のニュースは辛いので、もう詳しくは聞きたくないです。
被害を受ける子どもは辛くて、精神が分裂してしまうだろうとも思う。
辛く恐怖の中にあって、それが親で自宅で、他に行き場がなく、逃げ場もないとなると、
諦めて現実から違う世界へ、精神が逃げるようになるんでしょうね。
そうしていつの間にか分裂してしまうんだろうな。
けど、その虐待をしている加害者の人も、すでに分裂状態にあって、
もはや止めらなれない暴力的な自分がいるんでしょうね。
それは多重人格とまでは言われなくても、
暴力的な自分でもって自分の弱さをカバーせずにはいられない、という分裂の始まりであって、
精神が小さく裂けているんでしょうね。
その裂け目を作ったのは、またその前の世代の虐待であったり、辛い経験なのかもしれません。
虐待をされたから、反面教師で繰り返さないぞ!と思う人もいれば、
頭ではそう思っていても、追いついていない人、
自分が小さく裂けている自覚がない人、
裂け目があっても認められない人と
グラデーションが色々とあるんでしょうね。
こういう悲しい事件があって、そのニュースを見て異常に怒る人
「絶対に許せない!」とか
「同じことをして、辛い思いを知ればいい!」と憤る人の気持ちはわかるんですが、
私は「?」と経験から思う。
それは自分の中にある同じ要素を、大声をだして怒りのエネルギーで煙に巻いているだけではないか?と。
細かな段階、グラデーションがあるように、
多かれ少なかれ人には弱いものへのしわ寄せを起こしてしまう情けなくダメな部分もあり、
誰にも虐待加害者になり得てしまう。
そこを自覚することから自制は始まると思う。
精神科や心理カウンセラーなどの勉強や資格でもしていない限り、
なかなか人を無傷には育てられない、残念ながらそういう部分もある。
完璧・まともな人間なんていないし、
まして自分が誰よりまともだ、なんて言う人を信じられない。
虐待もセクハラも、受け手がどう捉えるか?というのが問題だし、
感度が高い人、低い人。刺さる人、刺さってもリカバリーが早い人とそれぞれだし。
そもそもの当事者間のベースの関係がどうかによって、変わってくることもある。
許せることもある。
今回は、10才の女の子が
心を痛めて、辛くて、怖くて
助けて欲しくて、悩んでも届かず、
諦めの境地に至り、長時間怒鳴られて冷たい水を浴びせられ、
その感情も痛みも、もう感じられないような精神状態になってひとり風呂場で死んでいった。
その子の命はなんだったのか?何を伝えるのが彼女の10年の命だったんだろう?と
その柔らかく、真っ白な心のキャンバスを、引っ掻きまくって引き裂きまくったんだろうな。
誰にでも、そういう暴力的なものが潜んでいるのかもしれない。
大小はあれど、大きなもの大人や親は絶対的勢力であり、加害者になり得る。
その自覚から始まるのだと思う。
写真は関係ないけど、昨日の節分で。
セルフで巻いてもらった太巻き。
がぶりと食べて、
ちょっと中身を確認。
後ろの人も…中身、見てる。
自分で中身チョイスして巻きましたやん!
なんで確認してるんだ??
私は丸かぶりはどっちでもいいんだけど、
子どもたちはセルフ太巻きを毎年楽しみにしているんだって。
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2019年
1回目 2/18 (第3月)室内にて基礎実習
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