先生。

今年の桜は早いらしいですね。

今年は長女が小学校ラストイヤーですので、子ども同士でも、小人料金の間にあそこへ行こうここへ行こうと話しをしているらしいです。
3月までは小学生だもんね。

そして、小学校から中学校というのは環境も大きく変わりますね。
この差は小学校入学の時もそうですが、ちょっと大きいですね。

小学校の先生というのはやさしいですね。
子どもたちも偉そうにタメ口で喋っていますしね。

中学校に行ったらそうはいかないんじゃないかな~。
どんな先生に出会うか、何を学ぶか出会いを大切にしていただきたいもんです。

 

昨日、私の大学時代の先生 須田一政氏がお亡くなりになりました。

ちょうどこの前も先生のお話しをしていたところでした。

大阪へ月に1~2回、私たちの大学にくるために、天王寺に1泊〜2泊で来ていました。

飲みにも行きました。
先生はそれを誰よりも楽しみにしてるようでした。
「大阪の学生のエネルギーが面白い」ということをいつもおっしゃっていました。

授業はいつも多くは語らず、しかしとにかくたくさん撮った写真をプリントして持ってきて!という感じでした。

静かにそれを眺めては、無言でカテゴライズしていきました。
ほとんどの写真はボツでした。

ときどき「おお!」「すごいですね~」とか言ったり、長時間眺めたりします。
先生が写真を分け終わると、数枚の写真が残りました。
それで、その人とのセッションは終了っていう…

「あ、私が撮った写真だけど、そういうことなんですね~」って感じでした。

私は学生時代に先生から反応をもらえるような写真を出せなかったけど、卒業してからも続けていた写真展に先生はわざわざ来てくれました。

そして、それはそのゼミで唯一コマーシャルスタジオに就職した私がスタジオのものを勝手に使い、楽しんで撮った写真で、私はとても気に入っていました。

それを見た先生は、ちょっと笑いを含んだ目で私に言いました。

「お!どうしたんですか?なんかあったんですか?」

「何食べたんですか?何か悪いものでもたべたんですか??なんつってね~」

それは「写真がちょっと変わってきたね。」みたいな感じで、
「ええんやないか」と言ってくれたと理解しました。

先生を驚かせる写真が撮れたんだ!と思って嬉しかった。

先生が「お!」って一言いってくれたことが。

先生は写真に良いとか悪いとかそういうことはおっしゃらなかった。
いつも何かを揺さぶるようなそんな映像を求めていたと思います。

だから何も言わないときは「ただ、揺さぶられなかった」それだけのこと、と今思います。

先生はカメラもコンパクトカメラやハーフカメラ、ミノックスを使ってみたり、自由だった。

写真を撮るのはカメラではなく、自分なんだから、その時の自分にぴったりの機材だったら OK だと思っていらしたのでしょう。

ちょっとシャイな方でした。
ガラムとかいうインドネシア?の甘い香りのタバコをいつも吸っていて、小柄でビール腹なんだけど、色気も影もちょっとある。

黒いシャツをいつも着ていて、一澤帆布の小さい黒い鞄を肩から下げている人でした。
指の中にカメラを埋め込みたいと真剣に言っている人でした。

 

千葉に撮影に行って、みんなで先生のお家にも行きました。
行きつけの寂れた温泉?にも行きました。

先生はそこに誰かが置いていった生ぬるい体温や心のシミみたいなものが、
たまらなく好きな感じでした。ちょっとフェチでした。

これはその時の温泉での写真、左の黒い服が先生、ドアから出てきたのが私。

先生とは沖縄に撮影旅行も行って暴風の中に撮影にいきました。
そのあと、先生はその写真ですぐ個展をされました。

先生はとても有名な写真家で、
ある学生が「どの写真が自分が撮った中で一番のお気に入りですか?」と質問したとき

「そんなの、全部が大事ですよ。」

とおっしゃっていた言葉が印象的です。

 

先生がくれた DM

あんなにすごい人なのに、いつも丁寧な言葉づかいだったな。

見てもらえる写真を用意できたら、あと一回見てもらいたかったな。
早く会える自分になれたらよかった。

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